2015年1月20日火曜日

真理はあなたがたを自由にします



真理はあなたがたを自由にします
最近、ヨロッパでは宗教について多くの人々は感動したり、激しく論争したりします。イスラム教徒を傷つけて、モハメドの漫画を描いても良いのか、それが自由な意見の表現の権利の一つではないか、と考えている人もいます。いいえ冗談にも限界があると思っている人もいます。クリスチャンが他の宗教の人に対してあまりも排他的ではないかと言っている人もいれば、メルケル首相がクリスチャンが自分の信仰についてもっと確信を持ってば良い、と言って、そのために私たちが聖書をもっと勉強した方が大切だと勧めました。主イエス様はヨハネ83132節に面白い言葉を言われました。
31 そこでイエスは、その信じたユダヤ人たちに言われた。「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。
32
そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。
結局、イエス様に信頼する人々は、神の言葉が書いてある聖書と親しくなることは大事だということです。聖書を知っている人はイエス様から学ぶことが出来、イエス様の弟子として認められるのです。僕も聖書を読んでいます。それは何故ですか?クリスチャンが聖書を読むべきからですか?違います。イエス様をもっと親しく知るためです。
聖書を読もうとするときに、多くの場合止めようと思ったのです。と言うのは、聖書を開く瞬間に、その御言葉の意味は全然知りません。「えっこれは聖書ですか?神様が僕に何を教えておられるかを全く分かりません!」とびっくりするほどです。初めは何も感じません。
しかし、主は31節に何を言われましたか?「もしあなたがたが、わたしの言葉を開くなら。。。」ですか?違います。「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら。。。」とあります、ね。とどまること、御言葉についてずっと考えることは引き合います。私が聖書の御言葉を心に思いめぐらせば、めぐらすほどに祝福されます。そして主の御心を知るようになります。
それは時には僕のすぐできることではありません。自分の限界に気付きます。僕は時々長い間主と語り合ってから、聖書の神様が残酷な独裁者ではなく、心の大きい方であることを悟ります。私が主の命令を行うことよりも、私が主の御心を知ることを望んでおられるお方です。
あなたがたは真理を知ります。この「真理」は、私たちが神様に愛されていることです。これが明確になったら、暗いところは明るくなり、難しいことはしやすくなります。真理はあなたがたを自由にします。

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